いいのかなぁーと考えながら、今更だからもう時効だよねと思いこみながら・・・
そう言うこともあったんだという、覚え書きとして・・・・
でも ももを見る目が変わる人もいるだろうな・・・と思いながらも、かいちゃう ね
同伴喫茶 知っていますか?
今もあるのかな?もう、そう言うのはないんだろう・・・ね ももたちの時代でも、もう下火って言う時代だから・・
知らない人のためにちょっとだけ説明。いらないって?そう言わずに!!
店内の中が細かく仕切られていて、ちゃんとドアまでついている。(鍵もついていたような・・・)
ボックスの中は異常に狭くて 横長のソファーが一つとその前にテーブルが一つ。
1畳あるかないかの狭いスペースで、置いてある物は申し訳ないような走り書きのメニューとティシュペーパーとゴミ箱だけ。
当然 向き合って座ることは出来なくて必然的に隣同士になって座ることになり、目の前には隣とを仕切っている汚いベニア板。
入店すると、その部屋に案内されてそこで飲み物のオーダーを。
あとは誰も来ない。もちろん密室(と言っても天井は空いている)で隣との壁は薄いベニア1枚で、会話の内容がハッキリ聞き取れる感じ。
いろんな人生?を見てきました(聞いてきましたが正解か!)
怒鳴りつける男の声 言い寄る男の声 拒む女の声 泣きじゃくる女の声 恍惚と浸りきってる甘い声 獣みたいで頭をかきたくなるような声・・・・・・どれも聞きながらいろいろ連想して会話のおつまみに・・・
(結構 ミイラ取りがミイラになったりもするんだけど・・・・・)
その時のももは人生最大のモテモテマンだった。
知り合いの子(Aちゃん)と、その友達の子(Bちゃん)。せがまれて、せがまれて3人で歌舞伎町へ遊びに行ったときのこと
当時は歌舞伎町に行くと言ったら踊りに行くって言うのが、ももたちの中では定番だった。
結構な早い時間から入店したのに踊り疲れて出てきたら、終電がすぎていた。
いろんな馬鹿な話をしてて、会話の中でその同伴喫茶の経験談を聞いたり話をしてるうちに
いくところもなくなったし みんなで探検しにいこう・・・・と ぎゃは(しめしめ)
ある同伴喫茶へ
入店すると 入り口の おばさんに
だめだめ 3人じゃだめ!2人しか入れない
えーー いいじゃん 3人でも 見逃して
だめ 他にいって 私が怒られちゃうから・・・
しょうがないので 他の店へ
でも そこも 低調に断られる。
何件か回ってみたけど 全部断られて、とぼとぼ歩きながらこれからどうしよう・・・と思案
アパートにつれても帰れない。
ホテルに行こうにも持ち金が少なかったのもあったし、なんか下心見え見えみたいな気がして
職安通り(いまでもそう言うの?)と反対側にいく。そうしたら アルタに出るじゃん!(当たり前!)
どうしよう!考えながら とぼとぼ 話しながら歩いていたら、そう 花園神社が
ももは東郷さんのパーティーの時に神社を探索していたのだった。
どこに何があって・予備知識はばっちり。
花園神社のことを教えて、じゃ そこで 飲もうか と言うことになった[:音符:][:音符:][:太陽:][:太陽:][:オッケー:][:オッケー:]
タンクトップ 1枚だったような記憶してるけど、寒くはないし
汗が流れるほどの暑さでもない。いい感じの最適な環境での酒盛りの始まりでした・・・
結構 声を殺しながらもテンション高く盛り上がっていました。
そのうちに、髪が伸びてるよって言われ、髪を切ることに・・・
そう 女の子2人は 山野愛子の生徒だった。学校帰りだったのでちゃんとハサミとか持っていたのだ。
当時のももの彼女も山野の生徒で、彼女には内緒でその友達と友達になっていて、秘密の行動だった。
最初で最後の大もて時代だったのだ。こういうときもあったのだ・・・・ね
で 髪を切ってもらいながら、酒も入っているから、気持ちも大きくなり、いちゃいちゃといたずらしたりしてるうちに
気が付いたら、3人とも裸同然で絡み合ってた。
きっとカメラが回っていれば今のAVにもひけは取らない
絶好のカメラアングルにもなっていたと思う。LIVEチャットで中継すれば、ダントツのアクセス数をとってたかも
内容は・・・ももはどうもこの手の描写は得意でないから、うまくかけない ごめん
最後には、ポケットティシュもなくなって葉っぱで拭いてた。
そう 中でいけないから、外に飛ばしてたんだけど、いろんな飛ばし方をした。
(今考えるとめちゃ怖い事してたなぁー)
瞬間が見たいって言われてロケット発射実験見せてあげたり、飛ばした回数は6回かな うぅすごい!
それも 10mもいくと大勢の人がいる、野外でのそれも新宿のど真ん中で・・・
いつの間にか寝ていて、散歩の人が歩き回っている音で目が覚める。
髪を切っている途中だったので、中途半端な髪をしながら、まぶしいくらい明るさの中で身支度をして、
何事もないように人混みの中に紛れ込んでいった。
そう その時の帰り道 丸井で2人に買ってもらった しゃーペンとボールペンが1つになった筆記具
いま 目の前にある。


ももの記述には1つの法則があります。
それは 抽象とな被写体の具体的記述を避けていると言うこと。
当たり障りがなければ書いているところもあるのだが、
さーーと 出てきた人物 皆さんそれぞれ特異な人生を歩んでいます。
かけない部分もあるし、わざと避けている部分もあります。避けなければ話がとんでもない方向に発展しちゃうこともあります。
いきなり現れて、影響を与えてるのにいつの間にか消えていく。
読んでいるうちに 物足りない後味の悪い部分もあります。
ですが
避けている部分を この追記欄で別な形で掘り下げていきたいと思ってます。
大塚の某広告代理店の社長
エイジュ企画という会社の社長でした。(自分の名前をとってつけていました)
社長と言うときもあれば”えいじゅさん”と言うときもありました。
東京大学を出ているというのは本当で、卒論を見せてもらったことがあります。
当時のももには難解な哲学系の論文でした。
人は見かけによらぬ物。と言うより 頭のいい人こそこういう人が多いという実感でした。
俗に言う 頭のいい人に限って っていうやつですね
小さいことからドモリがひどかったみたいで、ももはお付き合いしているうちにドモリが少し移ってしまいました。
程なくして この癖はももから取れたのですが、このドモリ ももの叔父さんにももが移してしまいました。
叔父さんは数年前に脳出血で亡くなったのですが、生きているうち このドモリは直りませんでした。
企画の他にもネットワーク管理という仕事もしていました。
会社名は忘れちゃいましたが、比較的大きめの会社の社内と支店間のネットワーク構築も手がけていて
それの保守管理も行っており、ももはこの時どっぷりとUnixの世界にはまりこんでしまいました。
当時、ネットワークの管理というのも一般的ではなかったのに・・・すごい人だったんだって!
もし この出会いがなければ、今現在ここにいるももは存在しなかったと言うことになります。
この時に使っていたmachineがSUNで、この時からももはSUNの虜になっちゃったのです。
いつだったか 予備機を用意しないと行けないと言うことでアキバに調達しに。
保守も何もいらない 単体で売って欲しいと買ってきた値段が120万 これで安いと言うことでした
同じmachineをももが初めて個人のmachineとして手に入れたときヤフーオークションで40万
今はなんと2万ほど。
なんか愛着があって飾り物に・・・飾ってあるのが5台
ももが今住んでいるところに戻ってきて1年後くらいかな
後ろから暴漢に襲われて、包丁で刺されて死んだって言う報道をテレビで見ました。
新聞等で記事にもなっていたのですが、的を得てる内容の記事でした。確かにその通りかも・・・
怨恨って怖いですね。
もしその時まだいれば、もものきっと同じ目に遭ってたと思う。
不思議ですよね 分岐点ってやっぱりあるんですね。
葬儀に出るにも何をするにしても全く情報源が無くなってたときで、遠い空からのお別れとなりました。
山野のAちゃん
当時からすごく綺麗な人でした。スタイルもいいし、ダントツでもててる人でした。
ももも最初に見たときに、惚れちゃった。(誰にも言わなかったけど)
でも 頭は空っぽでした。試験ではいつも頭を抱えてペーパーテストは全滅だったみたいです。
でも 感心な子でした 皆勤賞がもらえるって言うくらい学校はまじめに来ていましたね。
年賀状も毎年かかさずもらっていましたが、オーストラリアに行くって言う話を聞いたのが最後で
音信不通に
山野のBちゃん
ごめんね よく というよりも 全く解らない
話をしたのもあの時が最初で最後だったような気がしてる。
でも ももの おっぱい星人の始まりはBちゃんの影響かも知れない・・・・
いろんな人と関わって、影響されて 今のももがいます。
当時のいろんな経験や思い出は、平々凡々と現在暮らしているももの宝物です。
そうだ パーティでの出来事
これこそが もも の人生最大の分岐点だったのかも 続き書かないと